西池袋の戦後復興

 

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旧拘置所跡地付近と再開発モデル

 上の写真は取り壊された旧東京拘置所跡地の様子。下がその再開発モデル。
 ※旧東京拘置所… 巣鴨プリズンの名称で有名な旧東京拘置所。

 明治28年(1895)に、石川島にあった監獄を移転してできた警視庁監獄巣鴨支署が、この地に刑務所のつくられる始まりである。 当時その付近は何もない雑木林だった。
 大正11年(1922)に巣鴨刑務所、昭和12年(1937)に東京拘置所と名前を変え、その間に多くの囚人を収容し、また囚人達も刑に服していった。 戦時中はゾルゲ事件のゾルゲと尾崎秀実の死刑執行。戦後は一時期進駐軍に接収され、東京市ヶ谷で行われた極東軍事裁判により裁かれた、A級戦犯の東条英機や広田弘毅ら7名、BC級戦犯の21名の処刑が執行された。
 現在、サンシャインビルの隣の東池袋公園にある石碑に、その当時の面 影を少しだけかいま見ることができる。

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変容する豊島区

 ※旧東京拘置所跡地の再開発。
 旧東京拘置所の跡地は、昭和46年に解体工事が始められ、豊島区民の要望を取り入れた形となる巨大な都市空間がつくられることになった。
 昭和48年(1973)7月工事着工。
 昭和53年(1978)池袋のシンボルとも言えるサンシャインビルがそびえ立った。 業務施設・商業施設・展望台や水族館などのアミューズメント施設・劇場や博物館などの文化施設・公共駐車場やバスターミナルなどの公共公益施設・コンべーションセンター及びホテルなど、都市生活に必要な機能が備わった空間ができ、サンシャインシティとして池袋のさらなる発展につながった。

 ※学芸大付属豊島小学校跡地の再開発。
 学芸大小跡地は東京芸術劇場建設のため、昭和62年(1987)7月に工事着工。
 平成2年(1990)10月に開館した。それから現在に至るまで様々な舞台やミュージカル、コンサートなどが行われ、芸術文化の振興に大きく貢献している。
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高田町航空写真

 昭和7年(1932)、巣鴨町・西巣鴨町・長崎町・高田町の4町が合併されて豊島区となった。
 戦前、郊外の市街化が進み、近郊町村に都市計画による施設整備の完備した大東京市の実現を求める機運があがりる。そこで東京市は隣接5郡82カ町村を合併。豊島区はその1つとして誕生した。


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